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神戸地方裁判所 平成3年(ワ)146号 判決 1992年8月13日

原告

日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

石月昭二

右訴訟代理人弁護士

天野実

右訴訟代理人

北村輝雄

福田一身

橋本公夫

三国多喜男

被告

清原正一

右訴訟代理人弁護士

坂田宗彦

早川光俊

森信雄

主文

一  被告は、原告に対し、

1  別紙物件目録記載の建物を明渡せ。

2  昭和六二年四月一日から右建物明渡ずみまで一か月金一万七六〇〇円の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一主文第一項1同旨。

二被告は、原告に対し、昭和六二年四月一日から右建物明渡ずみまで一か月金一万八二〇〇円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  原告は、所謂国鉄改革により、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道(以下、国鉄という。)から移行した特殊法人であるところ、別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という。)及びその敷地等を含め国鉄が所有していた非事業用物件は、原告において国鉄の長期債務等の返済に当てるべく売却等の処分に付されることになっている。

2  被告は、国鉄と本件建物使用に関する契約(以下、本件契約という。)を締結し、昭和五四年一一月二日から現在まで、右建物において理髪業を営んでいる。

二争点

1  本件建物明渡請求関係

本件契約終了の有無

(一) 原告の主張

(1) 本件契約は、国鉄が定めていた「職場営業取扱基準規定」に基づく、所謂職場営業承認として締結されたものである。

国鉄は、右規定に基づき、昭和五四年一一月二日、被告に対して営業承認をなし、以後毎年一年毎に営業継続承認をなして来た。

しかして、本件建物等営業場所の使用は、昭和四二年頃から無償とされていた。

これは、国鉄本社規定である固定財産管理事務基準規定が昭和四一年に制定され、本件建物のような財産については使用料を徴収しないことができる旨規定されたことにより、職員の福利厚生を目的とする本件のような職場における理容業等の営業については、その使用料を無償とすることが妥当と考えて取扱の変更がなされたためである。

したがって、被告営業の理容料金を低額に押さえることの代償として、本件建物使用を無償にしたのではない。

(2) 本件契約の法的性質は、次のとおりである。

右契約は、国鉄職員の福利厚生を図るため、被告が市価より低廉な料金で職員の理髪を行うという役務を提供し、国鉄と協議決定した理容料金の支払いを受けることを内容とする契約であって、被告の本件建物の使用は、これと不可分的に付随するに過ぎないというべきである。

しかも、被告から国鉄に対して本件建物使用の対価としての金員を給付する約定はなく、現実にも賃料は支払われていない。

以上の各点からして、本件契約をして建物賃貸借契約と解する余地はない。

(3) 本件職場営業承認が一年毎に更新されて来たことは前記のとおりであり、したがって、右職場営業承認は、昭和六二年三月三一日の期間満了により消滅した。

国鉄は、右趣旨確認の意味で、昭和六一年一二月頃、被告に対し、前記職場営業取扱基準規定八条に基づき本件職場営業承認を昭和六二年三月三一日をもって取消す旨の意思表示をし、右意思表示は、その頃、被告に到達した。

よって、本件契約は、昭和六二年三月三一日をもって終了し、これにより、被告は、原告に対して本件建物を明渡すべき義務を負うに至った。

(4) 被告の権利濫用の主張は争う。

(二) 被告の主張

(1) 原告の主張事実中、被告が昭和五四年一一月二日国鉄と本件契約を締結したこと、被告が右契約に基づき本件建物を使用して来たこと、右建物の使用が昭和四二年頃から無償になったこと、国鉄が被告に対して本件契約を取消す旨の意思表示をし、被告が右意思表示を受取ったことは認めるが、その余の主張事実及び主張は全て争う。

本件契約の法的性質は、本件建物の賃貸借契約であり、右契約に対しては借家法が適用される。

即ち、本件契約においては、本件建物の使用が有償とされ、この点において借家法の適用を受ける賃貸借としての成立要件を具備しているものである。

そもそも賃貸借の対価である賃料は、金銭に限られず、対価たる有価物の給付があれば足り、それは労務の給付でも良いのである。

本件においては、被告の国鉄職員に対する理容料金を、市価の六割程度といった廉価にすることをもって、本件建物使用の対価としているのである。

右建物の使用が昭和四二年頃から無償とされたことは前記のとおりであるが、それ以前は有償であったのであり、右使用が無償とされたのは、次の経緯による。

即ち、国鉄施設内で理容業を営む者らが国鉄に対して職員向け理容料金の値上げを交渉した際、国鉄との間の合意により、右理容料金を市価の六割程度に止めることの代償としてその建物使用が無償とされたのである。

したがって、それまでの使用対価が、より廉価な理容サービスの提供に転化したのであり、本件契約の有償性は、これにより何ら変化していない。

以上のとおり、本件建物使用は、明らかに国鉄と被告間の賃貸借契約に基づくものであり、したがって、借家法の適用を受け、右契約は、現在なお存続中である。

(2) 仮に、右主張が認められないとしても、原告の本件建物明渡請求は、以下に述べる各事実に基づき権利の濫用であって許されない。

(a) 被告は、国鉄鷹取駅関係者の求めに応じて本件建物の理容設備一切を買取り、これに費用を投じ、昭和五四年以降右建物において理容業を営みこれで生計を立てて来た。

したがって、被告において右建物を明渡すと、同人の生活は根底から覆される。

(b) 本件契約締結時の状況、即ち、被告には右契約締結時において国鉄に現在のような改革事態が生じるなど予想だにできなかったという状況及び国鉄と原告との同一性の維持等の事情に照らすと、被告の本件建物使用継続に対する期待には、正当な理由がある。

(c) 国鉄から分割された、原告以外の他法人(JR各社)においても、本件契約と同様の契約に基づいて理容業を営んでいる者が存在しているが、その大部分は、従前どおり理容業を営んでいる。

右実情に基づく時、原告の被告に対する本件建物明渡請求は、同人にのみ不利益を強いる著しく不均衡な取扱といわざるを得ない。

(d) 被告は、自己の営業の独立性を保ちつつも、国鉄職員に対しては時間を融通して可能な限りのサービスを提供し、国鉄職員の福利厚生に貢献して来た。

しかるに、国鉄は、分割民営化直前になって、本件契約を取消す旨の一片の意思表示をしたのみであり、原告自身も、例えば代替店舗の提供を申し出る等を一切行わず、問題解決に向けて誠意を持って交渉しようとはしなかった。

2  本件賃料相当損害金請求関係

原告の右請求の当否

第三争点に対する判断

一本件建物明渡請求関係

本件契約終了の有無

1  証拠(<書証番号略>、弁論の全趣旨。)を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)(1) 本件契約は、国鉄職場営業取扱基準規定(以下、取扱基準規定という。)に基づき締結された、所謂職場営業承認によるものであるところ、右職場営業承認の目的は、国鉄職員の福祉増進を図ることにあり、したがって、右承認によって行われる職場営業(職場内で行わせる営業)は、国鉄職員を利用対象とし、国鉄が国鉄職員の福利厚生施策の一環として行なっていたものである。

しかして、取扱基準規定では、次のとおり定められていた(ただし、本件関連規定。)。右職場営業をなすには、申請者が所定の資格条件を備えることが必要とされ、国鉄は、右申請があった場合、申請者の右資格条件具備の有無を審査し、営業場所が国鉄業務及び作業に支障がないと認められた場合に、はじめて右職場営業承認を与える。

右職場営業承認は、営業者が法規・承認事項に違反した場合、他に営業を譲渡したとき等のほか、国鉄が必要と認めたときも、取消される。

更に、右職場営業承認は、その承認期間を一か年とし、引続き営業をしようとする者は、右承認期間満了の一か月前までに、その事情を具して継続願を国鉄宛提出し、国鉄は、右継続承認の申請を受け、所定の変更がないことを確認したうえ、右営業者に継続承認をする。

営業が取消され、または承認期間が満了した場合、営業者は、直に私有建造物箱番又は国鉄所有建造物に施した諸設備を撤去し現状に復する。

なお、取扱基準規定では、使用対価についての規定がなく、ただ、国鉄は、営業者から販売価格営業料金又は改定の申請を受けたときは、実情調査のうえやむを得ないと認めた場合はこれを承認することができる、国鉄は、営業者から毎月の職場営業成績報告を提出させなければならないとされたに過ぎない。

右職場営業承認にも、具体的な使用対価についての条項はない。

(2) 被告は、昭和五四年一一月二日、国鉄から承認期間を昭和五四年一一月二日から昭和五五年三月三一日までとする職場営業承諾を得て本件契約を成立させ、昭和五五年四月一日、承認期間を昭和五五年四月一日から昭和五六年三月三一日までとする右職場営業承認の継続承認を得、以後、国鉄から、一年毎に承認期間を当該年四月一日から翌年三月三一日までとする右継続承認を得ていたところ、右継続承認は、昭和六一年四月一日まで続けられた。

国鉄は、右職場営業承認書において、被告に対し、同人が取扱基準規定及び右規定に沿って個別的に定められた営業承認条項を遵守することを求め、被告は、国鉄に提出した右営業承認請書において、国鉄の右要請に応じる旨約した。そして、国鉄は、被告に対する以後の右職場営業承認の継続承認においても、右同一内容の要請を行っていた。

(二)(1) 被告の営業場所である本件建物の主たる外装工事は、国鉄において行ったが、右建物の内部修理・内装工事・理容道具や備品の用意は、被告において行った。

そして、被告の理容営業を利用する客は、被告が右営業を開始した昭和五四年一一月から所謂国鉄改革が行われた昭和六二年四月頃までの間、その約九割が勤務時間中の余暇を利用する国鉄職員であり、その余の約一割が被告の知人であった。

(2) 本件建物の使用は昭和四二年頃まで有償であったが、右時期以後無償となった(なお、この事実は、当事者間に争いがない。)。

その経緯は、次のとおりである。

国鉄は、昭和四一年一一月一日から施行する固定財産管理事務基準規定及びこれを受けた経理管理規定を制定し、その規定において、国鉄所有の固定財産を国鉄職員の福利厚生施設の用に供する場合その使用料を軽減し、又は徴収しないことができる旨定めた(固定財産管理事務基準規定七五条、経理管理規定一三条。)。

国鉄大阪鉄道管理局は、右各規定に沿って、右固定財産中国鉄職員の福利厚生施設の用に供される財産の使用を無償とし、本件建物の使用も、その対象とされ無償となった。なお、右鉄道管理局は、右措置に伴い、昭和四二年一二月一日付該当財産が所在する各駅長宛「職場営業用地、建物使用料免除について」と題する書面を発し、右文書中において、各駅区内の該当職場営業についてはこの度職員の福利厚生の一助とするため、その用地、建物使用料が免除されることになったが、右措置はあくまでも利用職員のためのものであり、営業者の利益としてはならないものである旨事務連絡した。

(3) 被告の営業にかかる理容料金額は市価の六割程度であるが、右料金が右程度に定められた経緯は、次のとおりである。

国鉄理容会(国鉄から職場営業承認を受けた理容業者によって組織された団体。国鉄大阪鉄道管理局内の理容業者を含む。)は、昭和三八年五月二七日頃、国鉄天王寺鉄道管理局局長宛、右団体に所属する理容業者の理容料金を市価の七割に改正する旨の申請をした。

そこで、右鉄道管理局では、右申請を受け、右理容業者らの収支実績の内容・一般理容業者との比較、特に福利施設による割引料金の根拠、右理容業者らが職場営業であることにより受ける利益等を具体的資料に基づき詳細に検討した結果、右理容業者らの理容料金は市価の六割相当額をもって相当する旨の結論を得、同年内に、これを右団体所属理容業者に回答した。

被告の営業にかかる理容料金も、右経緯に沿って市価の六割程度とされたものである。

2 右認定にかかる本件契約の目的・内容・運用の実態等を総合すると、本件契約の主たる目的・内容は、国鉄の、その職員に対する福利厚生施設の一環である本件建物において、被告が国鉄職員の理容を行うという労務を提供し、国鉄と協議決定した理容代金の支払いを受けることにあり、被告の本件建物の使用は、これと不可分的に付随するものと認めるのが相当である。

よって、本件契約には、借家法の適用はないと解するのが相当である。

右認定説示に反する被告の主張は、理由がなく採用できない。

3  被告が原告から本件契約を取消す旨の意思表示をし、被告が右意思表示を受領したことは、当事者間に争いがなく、証拠<書証番号略>によると、国鉄は、昭和六一年一二月一八日付職場営業継続承認の廃止通知についてと題する文書をもって、被告に対し、本件契約が昭和六二年三月三一日をもって終了する旨の通知をしたことが認められ、右認定事実に、前記認定の本件最終継続承認において定められた承認期間を総合すると、本件契約は、前記認定のとおりの最終継続承認期間である昭和六二年三月三一日の経過とともに期間満了により終了したというべく、これに伴い、被告は、本件建物の使用権限を失い、原告に対して右建物を明渡すべき義務を負うに至ったというべきである。

4 被告において、原告の本件建物明渡請求は権利の濫用である旨主張する。

しかしながら、原告が所謂国鉄改革により昭和六二年四月一日国鉄から移行した特殊法人であり、原告において本件建物及びその敷地を含め国鉄が所有していた非事業用物件を国鉄の長期債務等の返済に当てるべく売却等の処分をすることになっていることは、当事者間に争いがなく、本件契約には、最初の職場営業承認からそれに続く各年の継続承認において承認期間が一年と定められ、しかも、承認期間が満了した場合被告において直に本件建物を明渡す旨の約定が存在したことは、前記認定のとおりである。

更に、証拠<書証番号略>によれば、原告は、当事者間に争いのない右方針により、原告の所有に属する建物の全てにつき明渡請求をしていることが認められる。

そして、当事者間に争いのない右事実及び右認定各事実に照らすと、原告の本件建物明渡請求をもって未だ権利の濫用と断定することはできない。

よって、被告の右主張は、理由がなく採用できない。

二本件賃料相当損害金請求関係

原告の右請求の当否

1(一)  本件契約が昭和六二年三月三一日の経過とともに終了し、被告が本件建物に対する使用権限を失ったことは、前記認定のとおりであり、同人が同年四月一日から現在まで右建物の占有を継続していることは、当事者間に争いがない。

(二)  当事者間に争いのない右事実及び右認定事実を総合すると、被告の本件建物に対する占有は、昭和六二年四月一日以降不法占有となり、同人は、原告に対して賃料相当損害金の支払義務を負うに至ったというべきである。

2  証拠(<書証番号略>、弁論の全趣旨。)によれば、本件賃料相当損害金額は、一か月金一万七六〇〇円(ただし、原告の主張に基づく。)と認めるのが相当である。

右認定説示に反する被告の主張は、これを肯認するに足りる的確な証拠がなく採用できない。

第四結論

以上の全認定説示に基づき、原告は、被告に対し、本件契約の終了に基づく本件建物の明渡し及び昭和六二年四月一日から右明渡ずみまで一か月金一万七六〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める権利を有するというべきである。

よって、原告の本訴請求は、右認定の範囲内で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却する。

なお、原告の本件仮執行宣言の申立は、本件事案に則して相当でないから、これを却下する。

(裁判官鳥飼英助)

別紙物件目録<省略>

別紙図面<省略>

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